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第2巻1号(2019年7月発行)

  • 特別企画
  • 軍備管理と世界秩序

    スヴェレ・ロドゴール

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    要約

     旧来の世界秩序から、我々のまだ知らない新しい何かへの移行過程においては、無秩序が新たな標準となった。世界は流動状態にある。顕著なのは、次の5つの特徴だ。①国際問題の基礎的ブロックとして主権国家が再強調・再確認される。②貿易・技術戦争と経済制裁が国際的課題のトップに。③国際規範や国際組織、国際協定が崩壊する。④地政学的にみれば、米中間の緊張関係が支配的になる。⑤新しい技術が、あらたな形態の影響力と暴力の能力の基盤となっている。これらすべての結果として、国際問題はより予測不可能になっている。
     こうした世界には協力的行動の余地はあまり残されていない。軍事分野では、冷戦期と同じく一国主義的な安全保障政策への回帰がみられる。しかし、核戦争の回避に関しては、一致して大きな懸念が持たれている。この目的のために、軍備管理の第一の目的である安定化措置が決定的である。十分な影響力をもつと同時に、核の危険のない世界への渇望をとらえるような、核をめぐる責任ある行動と軍備管理、軍縮のグローバルな枠組みの必要性が、軍備管理が最初に導入された60年前と同じように強まっている。

  • 日本への原爆投下は正当化できるか?――長谷川毅博士との対話

    山口響、吉田文彦、ラドミール・コンペル

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    要約

     日本生まれの米国市民である長谷川毅(はせがわ・つよし)氏は、日米両国で教鞭をとった経験を持つ。同氏は、ロシア史に関する専門的知識を活かして、米国による日本への原爆投下プロセスに関する分析を行い、広島・長崎への原爆投下は正当化されるとの米国の支配的見解に挑戦している。
     支配的見解には2つの想定がある。第一に、原爆の使用は、犠牲の多い日本本土上陸攻撃を行うことなく日本を降伏させるための、米国にとって唯一の利用可能なオプションであったという想定である。第二に、原爆投下は日本の降伏決定に即時かつ直接的な影響を持ったという想定である。長谷川氏は本インタビューで、これらの想定に反論を試みている。
     また同氏は、しばしば語られることのない第三の想定、すなわち、原爆投下正当化の背景には米国の報復感情がある点についても触れた。同氏は、原爆投下以前に、米国はすでに道徳的な一線を越えてしまっていたと論じ、米国の原爆使用は戦争犯罪であったと同氏は考える。
     しかし同時に、米国の行動は、抜き打ち的な戦争を開始し、アジア太平洋戦争で残虐行為を行った日本側の責任という文脈に照らして理解されなくてはならない、とも長谷川氏は論じている。

  • 核兵器使用が人間に与えたもの
  • 再編されるヒロシマ・ナガサキ――アメリカにおける原爆関連行事を事例として

    根本雅也

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    要約

     米国では、広島・長崎への原爆投下は日本との戦争を終わらせるために必要だったと考えられることが少なくない。他方、原爆の被害者を追悼しようとする米国人もいる。本稿は、米国の人々が、いかにして、なぜ広島・長崎の原爆犠牲者を追悼するのかを検討するものである。
     冒頭で米国の公式な語りについて説明し、次に、米国の3カ所での追悼行事について事例研究を行う。すなわち、オレゴン州アッシュランドでの広島・長崎徹夜集会(ビジル)、ニューヨーク市で毎年開かれる宗教横断的な原爆犠牲者追悼集会、サンフランシスコ湾岸エリアでのランタン集会である。これらは多くの点で相違があるが、米国で広島・長崎の経験を広めようとする「ローカライゼーション」という共通の特徴がみられる。
     本稿では、地域での追悼行事を検討することによって、広島・長崎での苦しみの経験を米国の人々にとってもっと身近なものにしようする取り組みとそれが抱えるジレンマについて明らかにしたい。

  • 「誤った安全保障観念以外の何ものでもない」――「核兵器なき世界」へのローマ教皇の支持の分析・評価

    クリストファー・フリンコウ

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    要約

     この論文の目的は、ローマ教皇の「核兵器なき世界」への支持に関する見取り図を提供することにある。この分野に関する学術研究は1980年代初頭から中盤に集中しているが、現在は、核兵器禁止の動きに向けた教皇の教えと外交行動を再検討し批判的に評価する分析をあらためて行うことが強く求められる時代にあると言えよう。
     本稿執筆の背景にあるのは、米国および世界の核兵器政策にみられる分断を架橋する必要である。とりわけ関連があるのが、北朝鮮の金正恩がすすめる核開発という難題に直面したトランプ政権が、米国の核戦力を再強化し、戦争と平和を奇妙な形で混ぜ合わせながら、「あらゆるオプションがテーブルの上にある」という態度をとっている事実である。
     しかし、同時に、バチカンを含めた世界の多くの国々が核兵器禁止条約に署名してもいる。教皇が「核兵器なき世界」を支持していることから、バチカンが同条約を署名・批准するのは既定路線であったが、その支持を批判的に分析するために、本稿では、ピオ12世からフランシスコに至る現代の教皇の貢献について検討する。人間が生み出した、自らの生存を脅かす核兵器を世界からなくす上で、核兵器に現れた道徳的な悪とみなされるものを歴代の教皇がいかに名指し、いかにその問題に対処したのかについて、本稿では焦点を当てる。

  • 被爆米兵調査40年――ある被爆者の人生行路

    山口響

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    日本語[PDF]

    要約

     広島市在住の森重昭氏は、1945年8月6日に米国が同市に原爆を投下した当時、8才であった。その時の経験で森氏が忘れられないのは、国民学校の運動場で原爆犠牲者の遺体が荼毘に付されていた様子である。投下から30年経ち、森氏は、学校でどれだけの遺体が火葬されたのかについて、調査を行った。また、後に同氏は、広島に抑留されていて原爆に被災した米国人捕虜の調査にも乗り出す。同氏の調査によって、これまでのところ、12人の米兵の死亡が確認されている。本インタビューで同氏が振り返っているように、調査の道のりはきわめて困難なものであった。しかし、2016年5月、広島を訪問した米オバマ大統領のスピーチに森氏は招待され、40年に及ぶ調査はひとつの達成を見ることになった。インタビューの最後の部分で、同氏は、大統領との出会い、2018年の自身の米国訪問、最近の核情勢について語っている。
     ※このインタビューには、日本語版(全文)があります。

  • NPTにはまだ意味があるか?
  • NPTにはまだ意味があるか?――NPTの核軍縮条項を前進させるには

    ジョン・カールソン

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    要約

     核不拡散条約は、世界の核不拡散体制の要である。しかし、「NPTにはまだ意味があるか?」という問い自体が、NPTの重要性が忘れられつつあることを示しているのかもしれない。実際、核軍縮における進展はみられず、NPTの価値を疑う者も出てきている。核軍縮義務を核保有国が果たそうとしないことに対する不満は理解できるが、NPTそのものに対する政治的攻撃はきわめて近視眼的なものだ。不拡散と核軍縮は不可分に結びついており、核不拡散への信頼がないところに核軍縮もない。核不拡散体制を弱めることは誰の利益にもならない。
     軍縮への取り込みが見られないことで、核兵器禁止条約の交渉につながった。同条約は、核軍縮に関する議論を再活性化することに寄与したが、その効果のほどは明らかでない。
     軍縮を行うには、核保有国と非核保有国の間の協調的なアプローチを要する。全ての国家が、NPTから得ている安全保障上の利益についてもっと認識する必要がある。そして、核保有国は、単にNPT上の義務を果たすという観点からだけではなく、軍縮は自らの利益にもなるという観点から、核兵器のリスクを低減し軍縮を追求するよう、真剣に取り組まなくてはならない。そうした点について、強力な外交的努力が必要とされる。

  • 条約は解き放たれた:核軍縮の力と論理

    メラフ・ダータン、ユルゲン・シェフラン

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    要約

     核という「妖精」はビンから解き放たれ、核拡散という形で現れている。他方で、核を抑制する努力は、検証可能な核軍縮レジームを確立しようとの、また別の「妖精」を生み出した。いくつかの成果と安定性をもたらしたものの、核軍備管理・核不拡散レジームの限界はもはや明らかだ。それゆえに、1990年代半ばに市民社会が諸政府や国際機関と協力して核廃絶を促進する協調的な取り組みを開始したのである。核兵器の合法性に関する1996年の国際司法裁判所の勧告的意見や、1997年のモデル核兵器禁止条約といった成果が、すぐに生み出された。それから20年経って、2017年には核兵器禁止条約が成立した。「核兵器なき世界」の法的枠組みを創設し、そこに向けた協議プロセスと規範構築の道具を発展させる基盤を提供するものだ。
     本稿は、国際法理論と国際関係理論(および、それぞれの批判)に依拠しながら、核軍縮の規範的価値や論理、力について検討する。著者らは、既存のレジームを参照項としながら、核兵器禁止条約とモデル核兵器禁止条約の要素と含意を検討し、両条約の要素や、両条約が核兵器の廃絶や検証、遵守、組織に対してもつアプローチなど、さまざまな次元について結論を述べる。

  • 原子力潜水艦による核拡散の脅威を軽減するには

    フランク・フォンヒッペル

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    要約

     ブラジルは原子力推進の攻撃型潜水艦を建造し、韓国は北朝鮮の潜水艦発射核弾道ミサイルの脅威に対応するために同様の潜水艦が必要だと過去に主張したことがある。イランは、あいまいな言い方ではあるが、やはり原子力推進艦の必要性を主張したことがある。これら3カ国はすべて、核不拡散条約上の非核兵器国である。
     これらの国々による原子力艦への関心は、NPTに2つの問題を投げかける。第一に、IAEAの保証措置の下にありながら、「非平和的活動」のために核物質を引き出すことができるという、保障措置上の「抜け穴」である。第二に、ウラン濃縮の国際的供給者が平和利用の要件を課していることから、濃縮施設を自国で整備しなくてはならないという正当化である。実際、ブラジルによる濃縮能力の獲得は、海軍が推進したものであった。
     攻撃型原潜は、攻撃型通常潜水艦に対して、高速で長距離を移動できる能力の点で優れると見なされているが、実際には、海外でそのような能力を必要としている国はほんの一握りである。外国の海軍力に対する近海での防衛に関して言えば、攻撃型潜水艦は、対潜航空機や水上艦、水中のセンサーネットワークからなる複合的システムの一要素に過ぎない。攻撃型通常潜水艦は、攻撃型原潜に比べ、この任務を果たすうえで決して非効果的ではないし、その方がずっとコストを抑えることができる。

  • 核の南アジアの20年危機、1998-2018
  • 核の影の下の印パ関係:「安心供与」の役割

    カルティカ・サシクマール

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    要約

     本稿では、インド・パキスタン両国が核保有を宣言した後に両国間で起こった4つの危機について検討する。インド指導層は、威嚇と安心供与(reassurance)を組み合わせることで核使用を回避しようとする一方で、核兵器の存在から戦略的・外交的利得を引き出そうとしてきた。印パ危機を「核危機」とみなすべきかどうかについて学者の見解は分かれるが、本稿ではその代わりに、インドが、核の側面に目を向けさせながら同時にそれを大げさに見せない形で、危機の間にどう振る舞ってきたのかを検討する。
     第1節では、複雑な抑止のゲームにおいて安心供与がいかなる役割を持つのかを説明する。第2節では、印パ核関係の短い要約を行う。次の第3節では4つの危機を分析する。それぞれの危機をまずは要約し、インド政府が安心供与のシグナルを与えるためになした言動に着目する。最後の第4節では、計算された威嚇と安心供与の組み合わせによって核危機がうまく管理されてきたとみなしうるかどうかを検討する。
     本稿では、安心供与のシグナルの妨げになる3つの要素を特定し、威嚇と安心供与のバランスは非常に微妙なものであり、それでもって印パ間の平和を保つには頼りないと主張する。

  • インドの1998年以降の「普通の核兵器国」としての進化はなぜ驚きを呼ぶのか

    ガウラブ・カンパーニ

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    要約

     インドが20年前に公然と核保有国の地位を主張するようになってから、その核戦力の軌跡は驚きの的となってきた。この驚きの第一の要素は、インドの核戦力が実戦利用可能な態勢を取っていて、地下に隠匿された形になっていないという点に関連する。第二の要素は、南インド地域外への打撃能力を備えた三本柱として構築されつつあるインド核戦力の拡張的な性格である。
     本稿では、インドの核の歴史に関する支配的な学説について検討を加える。とりわけ問題となるのは、核の象徴的機能や規範、戦略文化、機構に関連した言説へと固められていく、根底にある想定である。本稿は、これらの言説を分析することで、核のもたらす威信や象徴的機能に関する言説は、あいまいな証拠をベースにした動機を推測の基盤にしていることを示す。
     1998年以前の20年間のインドの指導者らが核保有を望まかったという主張は、あやまりだ。同様に、インドの戦略文化は実戦志向の核戦力を指向しないという見方もまた、利用可能な証拠を選択的かつ偏った形で読み込んだものにすぎない。最後に、インドの軍政関係が歴史的に機能不全にあるということが、これまで過度に強調されてきた。
     インドの核政治を理解するにあたって上記のような観点が支配的であったために、その後の核戦力の発展が、予想を超えた「驚き」として認識されることになるのである。

  • 南アジアの原子力潜水艦:あらたなリスクと危険

    ジア・ミアン、M・V・ラマナ、A・H・ナヤール

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    要約

     南アジアの核軍拡競争は海にまで進出している。インドは核兵器の海洋配備に成功したと発表し、パキスタンも同様の準備を進めつつある兆候がある。
     本稿は、その一部に核兵器が搭載された原子力潜水艦を配備するインドの決定と、核搭載潜水艦の有効性と原潜取得の可能性に関するパキスタン国内の論議について検討を加える。論文では、潜水艦事故、とりわけ原潜の絡んだ事故の歴史について世界全体を見渡して整理し、放射性物質の環境中への放出が推測される海軍原子力艦事故の帰結について特に検討する。
     こうした海軍原子力艦の事故は、きわめて重大かつ前例のない問題である。原潜の配備は、より広範に認識されている核戦争へのエスカレーションへの新たな道を敷くものだ。

  • インドメディアとインドの核兵器政策、1998-2018:責任の放棄

    C・ラマノハール・レディー

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    要約

     インドメディアは、核武装を公然化した1998年のインド政府の決定を批判的に検証しなかった。インドメディアの報道は、当時のインド社会全体の祝賀的なムードを反映したものだった。1998年以降の数十年、そのアプローチに変化はない。それ以降のメディアの変化と、インド政治の攻撃的ナショナリズムの成長は、無批判に是認されてきた。2000年から2009年までの10年間の日刊紙『ヒンドゥー』の報道を検証すると、報道の内容と解説には不均衡が見られる。全体としてみると、メディアは、核兵器に関する公的な教育や、分析・解説、核兵器に対抗する世論の形成の場としては機能してこなかったといえる。

  • その他
  • 核兵器使用に関する国際法廷の提案

    アンソニー・J・コランジェロ、ピーター・ヘイズ

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    要約

     国際法違反の罪はある一般的なレベルにおいては違法化されているものの、核兵器使用が与える科学・環境上の損害が戦争法違反との関係で検討されたことはこれまでにない。こうした情報上の不足と組織面の欠陥を正すために、本稿の第一部では、国際法の下における核兵器使用をめぐる法廷の提案を行う。第二部では、こうした法廷に関する規程が、核兵器を発射し、核発射命令の合法性を判断する任務を与えられた人々に対して現実の世界でどういう影響を持ちうるかを検討する。
     我々は今回初めて、インタビューとメールでのやりとりを通じて、下位レベルの職員、とりわけ、核発射命令への抵抗者たち(refuseniks)に対する発射命令の現実のプロセスについて経験的な情報を集めることに成功した。彼らの説明から明らかになることは、戦争法に照らしてその発射命令が合法的なものであるか否かについて彼らはほとんど説明を受けておらず、単に上官を信頼するよう命令されていたということであった。
     核兵器使用に特に関連する法廷の規程は、必要な指針を提供し、指令系統の下位にいる者が(彼らの受けた)核発射命令が国際法に照らして明らかに違法であると認識した場合に、確実な法的基礎を与えるものとなるだろう。

  • 通常兵器軍備管理の終焉と米議会の役割

    ウルリッヒ・クーン

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    要約

     ロシア・NATO間の紛争が再燃し、欧州の核・通常兵器両面での抑止力と防衛をめぐる懸念が強まっている。冷戦期以来、核兵器・通常兵器という2つの要素は密接に絡み合い、軍備管理政策に直接的な影響を与えてきた。本稿は、ポスト冷戦期の欧州における通常兵器軍備管理を振り返る。その際、これまであまり注目されることのなかった、1990年代中葉から末にかけての米議会の影響力に焦点をあてる。公刊されている米議会の資料を利用して、1997年の決定的な米議会決定に至る、通常兵器軍備管理の政治的行き詰まりを追う。この決定によって、ソ連崩壊後の地域で依然として続いていた2つの紛争の解決と、この軍備管理の問題とが結びついてしまった。本稿は、ロシアだけが通常兵器軍備管理の解体に責任があるとの通説に疑問を呈し、上記の行き詰まりを解決することなしには、欧州の核軍備管理も膠着し続けると結論する。

  • 協調的安全保障と北極の非核化

    アーニー・レジ

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    要約

     米国とロシアが核抑止をその安全保障戦略の中心に置き続けるかぎり、地理的要素だけが、攻撃的・防衛的システムが北極に配備される条件でありつづけるだろう。変化する気候条件が地域のより目前の安全保障上の懸念を前面化させ、東西関係が悪化する中でも、北極は依然として世界の「安全保障共同体」として発展し続ける。そこにあるのは、諸国が平和的手段によって、そして国際法に従って紛争を解決しつづけるという安定した期待である。
     こうした期待を維持し、さらに強化する上で、北極の非核化は、現地の先住民族社会と、北極諸国全般の人々がながらく望んできたものである。しかし、北極にある2つの国(米国とロシア)が世界の核兵器の9割以上を保有している現状では、課題はあまりにも重い。にもかかわらず、北極非核兵器地帯化のビジョンは存在しつづける。はじめは正式な非核兵器地帯という形で始まらないかもしれないが、より広範な安全保障協力という文脈の下で、北極の非核化を推進する必要性がこうしたビジョンとともに登場するのである。

  • 韓国の核のジレンマ

    林恩廷

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    要約

     2018年初頭以来、朝鮮半島をめぐる核のダイナミズムは急速かつ急激に変化してきた。朝鮮半島非核化が議題にのぼる歴史的な協議をいま世界は目にしている。他方で、韓国の現在の核政策は2つの点で矛盾に満ちている。第一に、文寅在政権は、段階的脱原発の方針を採る一方で、核の能力はその政権を通じて強化されるとみられる。第二に、韓国は、不拡散の観点からいっても問題含みのパイロプロセシングの研究を継続している。これは、朝鮮半島の非核化を追求する一方で使用済み核燃料の管理を将来的に図ろうとするものだ。本稿は、韓国の現在の核能力について記述し、使用済み核燃料処理の歴史を概観し、脱原発とバックエンドの核燃サイクル政策に関して核問題のエリートと韓国市民とがもつ異なった見方について論じ、現在の核政策におけるパラドクスがどのように生起してきたのかを説明する。本稿は、韓国は核政策のジレンマに直面しており、内部のダイナミズムにより、現在の政策の一貫しない性格が将来的に悪化する可能性があると論じる。

  • 使用済み核燃料管理に関する東アジア地域協力:コスト・長所・課題(パートII)

    デイビッド・フォンヒッペル、ピーター・ヘイズ

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    要約

     東アジアは世界でもっとも経済的な動きの激しい地域であるが、同時に、現在および歴史的に見て、国内・国際両方の局面で紛争含みの地域でもあった。最大の経済国の一部には国内のエネルギー源がなく、原子力がエネルギー安全保障のためのカギを握ると捉えられ、採用されてきた。しかし、東アジア地域レベルや、それどころか概して国内レベルにおいても、使用済み核燃料の管理に関する協調的な戦略がこの地域には存在しない。使用済み燃料管理に関する地域協力には、課題も多いが利益も多い。
     2部に分かれたこの論文では、一国的な「単独」オプションから、ウラン供給、濃縮、バックエンドの使用済み燃料管理に関する地域協力に至るまで、地域内での使用済み燃料管理に関する4つの異なるシナリオを検討する。核物質の物理的フローやその他の入力・出力、各シナリオのコスト比較に関する結果を提示する。
     その結果が示唆することは、再処理を含むシナリオのコストは再処理を含まないシナリオのコストよりも高く、乾式貯蔵(高密度の使用済み燃料プールに貯蔵された燃料の量を減らす)を強化した場合のコストは、核燃料サイクルコスト全体のごくわずかの部分を占めるに過ぎない、ということである。結果として、使用済み燃料管理に関する決定を導いている要因は、コストではなく、放射性物質のリスクや、それに伴う政治的・社会的・法的考慮であろうということだ。

  • 北東アジアの平和と安全保障に関するパネル(PSNA)ワーキングペーパー
  • 朝鮮半島における核の危険の低減:二国間アプローチか多国間アプローチか

    トーマス・グラハム

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    要約

     本稿は、朝鮮半島の核兵器という重要問題を扱う。米国をひとつの当事者とした本質的に二国間の解決と、この地域の軍事的に重要な諸国とNPT上の核兵器国を当事者として含む非核兵器地帯を北東アジアの一部に創設する多国間レジームについて、本稿は検討する。法的拘束力のない誓約と法的拘束力のある協定のいずれに効果があるか、核攻撃をしないという保証それ自体――拘束力のない宣言である場合も、法的拘束力のある義務である場合もある――が実現可能かについて分析する。法的拘束力のある取り決めにおける検証上の要件の概要を記し、合意された協定によって設置された地帯内の通過のような関連問題について検討する。
     二国間及び多国間という2種類の解決法の政治的重要性についてもコメントを加える。たとえば、朝鮮民主主義人民共和国がいかなることであれば受け入れ可能と示唆しているのか、また、核兵器を削減し、法的拘束力のある体制の中で広範な検証を受け入れるという重大な決定を下す用意が北朝鮮側にどの程度あるか、法的拘束力のない二国間の解決策において米国が核の消極的安全保証を与えるつもりがあるかどうか、法的拘束力のある協定において米国が要求する検証はどういったレベルのものか、といった問題である。

  • 米朝首脳会談と新たな安全保障思考の可能性

    柳澤協二

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    要約

     著者は、PSNAワーキングペーパーの第一弾となる本稿で、北朝鮮非核化協議を事例にとって、安全保障措置としての核抑止はもはや効果的でない時代に入りつつあると論じる。冷戦期と違い、国際社会はより相互の接続性が増し、各国経済は他国経済に依存するようになってきている。戦争を通じて他国を破壊することは、自らの経済的基盤の一部を破壊することに等しい。したがって、現下の問題は、米国あるいは中国が核報復を行うことによって世界を物理的に破壊してしまうことではなく、グローバル経済が機能不全に陥る「相互確証経済破壊」の可能性にあると言えよう。しかし、戦争というオプションがもはや実現可能ではないことが明らかになっても、日本は依然として米国の拡大核抑止政策に固執している。北朝鮮の核兵器を、協議とインセンティブの供与によって取り除くことができれば、抑止以外のアプローチが機能すると実証することができよう。

  • 朝鮮半島の最近の動きについて

    鈴木達治郎

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    要約

     米国のドナルド・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩委員長がベトナム・ハノイで2019年2月27・28両日に行った首脳会談は、事前の高い期待にもかかわらず、合意を生みだすことができなかった。我々は首脳会談に何を期待していたのか? 合意できなった理由は何か? 首脳会談の結果をどう評価するか? 今後の協議と朝鮮半島の非核化にとって、それはどんな意味を持つか? 米朝間の紛争と朝鮮戦争の終結に向けた勢いをいかにして維持するか? これらが、ハノイサミット後に我々が考えなくてはならない問題である。
     長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)が2016年に創設した「北東アジアの平和と安全保障に関するパネル」(PSNA)は、こうした主要な問いに関する短いワーキングペーパーを作成するよう、複数の国の専門家に依頼した。本稿はそれらのペーパーを集約したものである。
     ラメシュ・タクール(オーストラリア)は、ハノイサミットは「成功でも失敗でもなかった」と評価した。マーク・ビョン=ムン・スーとエリザベス・イミ・スー(ドイツ、韓国)は、首脳会談で合意が得られなかったとしても、南北朝鮮の推進力を維持しなくてはならないと論じる。ディンリ・シェン(中国)は、共通善のための外交を維持することの重要性を強調する。すべてのペーパーの見解は著者限りのものであり、PSNAやRECNAの見解を必ずしも反映するものではない。

  • 北東アジアの平和と安全保障に関するパネル(PSNA)2018年報告

    鈴木達治郎、広瀬訓

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    要約

     2016年11月、「タイムリーな政策的勧告と公的な関与を通じた政治プロセス」を促進し、「北東アジア地域における平和と安全の確立の一環としての北東アジア非核兵器地帯の創設」をめざす目的で、「北東アジアの平和と安全保障に関するパネル」(PSNA)が設置された。パネルは、8カ国(オーストラリア・中国・ドイツ・日本・モンゴル・韓国・英国・米国)の17人から成っており、モートン・ハルペリン、マイケル・ハメル=グリーン、文正仁[議長代理:ハン・ヤンス]、梅林宏道の4人の共同議長が運営する。PSNAは2018年5月31日から6月1日にかけてモスクワで第3回会合を開いた。本報告は、(1)第3回PSNA会合の討論の要約、(2)共同議長からのコメントから成る。本報告の内容はPSNAの活動を基盤とするが、まとめに関しては筆者のみが責任を負う。