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第6巻1号(2023年6月発行)

  • 21世紀の戦略的安定
  • 特集序文:21世紀の戦略的安定

    アーリッヒ・クーン

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    抄録

     戦略的安定の概念は近年、多大なる圧力にさらされている。概念としてあいまいであるというだけではなく、多元化する核勢力や新興技術、軍備管理の危機の進行、より「ソフト」な規範のさらなる受容が、すべて犠牲を伴っている。同時に、核兵器国は、冷戦期の最も危機が厳しかった時代以降では目にしたことのない程度の不安定が訪れる可能性を懸念している。本特集「21世紀の戦略的安定」は、戦略的安定に対して投げかけられる深刻な課題を明確化するとともに、不安定化のリスクをよりよく理解し緩和する学術的及び政策指向のアプローチを提示することをめざす。3本の論文と1本のコメンタリーは、①米ロ二国間の戦略的安定の目標及び手法を明確化する実践的な取り組みについて、②ロシアの対ウクライナ戦争における新興技術の影響について、③競争上の対象となりうる危険を持つ人工知能(AI)に関する米ロ指導層の認識について、④危機管理に関する協議を速やかに開始することによって中国との軍備管理協議を米国が開始する可能性について、それぞれ取り上げている。

  • 米ロの戦略的安定について議論すべきこと

    サラ・ビドグッド

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    抄録

     米ロ二国間における戦略的安定の概念は目新しいものではないが、変容しつつある概念でもあり、また論争の的でもある。この概念を今日実践しようとする際、二つの連関した問題が困難をもたらす。第一に、マイケル・ガーソンが述べているように、「単一で普遍的に受け入れられた定義がない」という問題である。そしてまた、「どんな要素が戦略的安定に寄与し、どんな要素がそれを阻害するのか」についても一致した見解がない。第二に、米ロ二国間の戦略的安定の強化をめざした軍備管理とリスク低減措置は、協議者の間に共通の目標がないために停滞している。ロシアが2022年にウクライナに侵攻したことは、いくつかのレベルにおいて戦略的安定の転換点となった。新STARTの失効と、アンドリュー・フッター及びベンジャミン・ザラが「第三の核時代」と呼ぶ時代の到来によって、米ロ両国は、戦略的安定が何を意味し、その実践手段として何をなすべきかについて共通の理解に到達しようと模索している。本稿は、とりわけ現在の環境下におけるそうした困難を認識しつつ、戦略的安定対話に向けた二段階のアプローチを提示する。この対話は、実践主義の哲学によって裏付けられたもので、バックキャスティング[目標からの逆算]や脅威認識からの逆算のようなメカニズムを通じて政策に変換される。本稿の目的は、米ロ両国が戦略的安定の概念を明確化する上での指針を提供することであり、その最も望ましい帰結を強化できるアプローチを選びだすことにある。

  • 誤った優越感:新興技術、ウクライナ戦争、核エスカレーションのリスク

    マリーナ・ファヴァーロ、ヘザー・ウィリアムズ

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    抄録

     新興技術は危機のエスカレーションにどう影響するのだろうか? 現代の危機において、新興技術は、エスカレーション、あるいはエスカレーションの抑制に対してどのような効果をもたらしてきたのであろうか? そしてまた、新興技術の利用は核兵器の使用リスクをどの程度高めるのだろうか? これらの問いに答えるため、本稿では、現在進行中のウクライナ戦争を事例として、近年の紛争において新興技術がいかに利用されているか、核兵器使用の可能性も含めた、紛争に伴うエスカレーションのリスクにどう影響しているかを検討するものである。我々は、新興技術はウクライナ戦争に至る過程でロシアに「誤った優越感」を与え、ロシアが戦術面での勝利を収めることを概して困難にしたと論じる。結果として、ロシアが核兵器と核の恫喝に依存する度合いが高まってしまった。このため、ロシアの通常戦力が弱まってくれば、ウクライナ戦争の後に事態がさらに悪化する可能性も考えられる。したがって、エスカレーションのリスクを増大させるのは技術そのものではなく、攻撃的な軍事攻勢とエスカレーションのもたらしうるコストに関する意思決定者の認識だということになる。にもかかわらず、ウクライナにおける新興技術の役割を検討するだけで満足してはいけない。というのも、あらたな主体や、エスカレーションのあらたなシナリオ、時間軸の圧縮といった要素も重要だからだ。こうした傾向は核政策への影響をもつ。能力よりも行動により焦点を当てた分析を行うためには、リスク低減と軍備管理に対するより包括的なアプローチを要することとなろう。

  • 戦略的安定へのAIの効果は国家が生み出すもの:米ロ比較

    アンナ・ナディバイゼ、ニコロ・ミオット

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    抄録

     人工知能(AI)の軍事的応用は戦略的安定に影響を与えるものとみなされている。この場合の「戦略的安定」とは、核大国間の軍事紛争へのインセンティブをなくする意と広い意味では定義できる。先行研究は、AIの技術的特徴を前提にそれが核抑止に与えうる意味合いについて検討していたが、核保有国の政策決定者がAIとその影響をどのように理解しているかについては、ほとんど検討の俎上にあがってこなかった。本稿は、AIと戦略的安定の関係性は、AIの技術的性格そのものだけではなく、この技術と他国がそれをどのような意図をもって使用するかということに関する政策決定者の信念に沿って構築されるものだということを論じる。本稿は、このような構築主義的な観点を取ることで、米国とロシアの政策決定者の軍事AIに関する思考を検討する。その際、米国については2013年から2023年にかけて、ロシアについては2017年から2023年にかけての公的な言説を検討の対象とする。本稿は、米ロはともに、戦略的安定に関するより広範な見方や、不信と競争の感情によって特徴づけられる社会的文脈を反映しつつ、競争相手のAI能力に関する認知のなかから、相手の脅威認識を構築していると論じる。両者の言説は誤解のサイクルを加速させるが、この問題は信頼醸成措置によって解決される可能性がある。しかし、この競争サイクルは、ロシアによるウクライナ侵攻に伴った緊張の高まりゆえに、事態が好転することはありそうもない。

  • 中国との核軍備管理関係をいかに構築するか

    デイビッド・サントロ

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    抄録

     米国は、核軍備管理への呼びかけに対する中国のゼロ回答をいかに反転させることができるだろうか? 米国は、中国との核軍備管理協議の開始に向けた下地作りとして、即時、そして短期的に何ができ、何をすべきだろうか? 本稿は、米中核関係の起源及び経緯、核軍備管理に対する中国の認識及びアプローチ、より一般的な抑制レジームについて検討を加えるものである。それらの分析を基礎として、中国と軍備管理関係を築くために米国ができること、なすべきことの第一歩を提示する。そうした関係を発展させるには時間がかかるが、そうした措置を取っていくことが重要だと本稿は論じる。

  • 北東アジアの平和と安全保障に関するパネル(PSNA)作業文書
  • 2022~2023年のウクライナ情勢が北東アジアの核兵器使用の可能性に与えうる影響

    デイビッド・フォンヒッペル

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    抄録

     2022年2月のロシアのウクライナ侵攻と(本稿執筆時点で)継続している紛争によって、軍事・核兵器をめぐる戦略・政策の決定に責任を持つ者の多くが、自らのアプローチの再検討を余儀なくされている。北東アジアでは、朝鮮半島における核兵器の問題、台湾をめぐる緊張、その他の地域紛争が、ウクライナからの教訓と相まった要因になって、核兵器を保有するこの地域の国々と、核兵器を保有していないが米国の「核の傘」の下にある国々が、核兵器の配備について、さらには最終手段としての核使用について、少なくとも何らかの変化を加えることを考え始めている。米国・中国・ロシア・朝鮮民主主義人民共和国・大韓民国・日本がここで念頭にあるアクターである。本稿は、ウクライナ紛争が北東アジアにおける核兵器の効用と使用可能性をめぐる認識にどのような影響を与えているか、この地域の専門家らの見解をまとめたものである。本稿は、この地域全体で生じている、ウクライナ紛争によって影響を受けた認識変容の共通性と差異について評価し、これら認識の変容が、近年よりも核兵器使用の危険性を高めていることを指摘する。本稿は、「北東アジアにおける核使用リスクの削減(NU-NEA)」プロジェクトの成果である。

  • ウクライナ情勢を受けたロシアの北東アジアにおける核配備・核態勢・警戒態勢

    アナスタシア・バラニコワ

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    抄録

     およそ1年前に始まったウクライナの武力紛争では核保有国が当事者となっており、グローバルな安全保障や核抑止、多くの国々の戦略に長期的な影響がもたらされることだろう。紛争に直接的かつ公的に参加しているロシアに対する影響は明らかだ。ロシアは、変化する情勢と生起する新たな問題に対応して、欧州戦域で核態勢と核配備を調整せざるを得ないだろう。同時に、ウクライナ情勢がロシアのアジアにおける核態勢・配備や、この地域の核兵器使用の可能性に影響を与えるかどうかという問題も生まれてくる。本稿は、北東アジア固有の性格とこの地域におけるロシアの役割・利益を念頭に置きながら、ありうる変化について論じる。

  • ロシア・ウクライナ戦争が北東アジアに与えうる影響

    ポール・K・デイビス

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    抄録

     ロシア・ウクライナ戦争によって世界の政策決定者らは限定核戦争の実行可能性について認識することとなった。容易かつ迅速に台湾を侵攻する可能性に対して中国が持つ確信はおそらく弱まっただろう。また、米国が北東アジアの同盟国に対して、実際の戦争において効果的な最新防衛兵器を開発・購入・配備することで軍事能力を強化する傾向も強まることだろう。米国は、ロシア・ウクライナ戦争でのジレンマを経験して、同盟国防衛のために核兵器を使用することに以前よりも躊躇することになるかもしれず、北東アジアの脆弱な同盟国が自ら核兵器を取得しようとする動きへの抑制が以前よりも弱まるかもしれない。ロシア・ウクライナ戦争の経験はまた、攻撃への対応の一環としての広範な経済戦争の重要性を浮かび上がらせた。また、大量の精密通常兵器を要する長い戦争を支えるための産業基盤の重要性も浮かび上がらせた。最後に、この戦争の経験によって、アナリストも政策決定者も、何かを正確に予想したり評価したりすることに対して懐疑的になった。とりわけ、長期的な軍事・経済戦争、戦争法に明確に違反する対都市攻撃、さらには核兵器やその他の大量破壊兵器の意図的な限定使用すら、想定から外すことが難しくなったからである。

  • 米中関係と北東アジアの核兵器

    グレゴリー・カラーキー

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    抄録

     もし北東アジアに核兵器のない将来がありうるとすれば、米国と中国がその実現のために協力しなくてはならないだろう。残念なことに、この2つの核保有国の意思決定者らは、将来的な軍事紛争に備え、その核戦力を強化している。米国の意思決定者は、容認可能な政策オプションの幅を限定してしまう安全保障官僚の存在に依存している。過去・現在を評価するならば、こうした官僚によって用意される伝統的な政策によっては、北東アジアの安全保障問題は解決されなかった。すなわち、核兵器使用の恫喝と準備によってうまく回避しようと意思決定者らが試みてきた問題である。もし米国の意思決定者が、米国が現在の中国の決定と行動にいかに影響を与えているかを理解する目的をもって、中国の眼から歴史を理解しようとする意志があるならば、非核北東アジアの展望は明るいものになるかもしれない。

  • 変容する北朝鮮の核ドクトリン:その要因と含意

    チョン・ウクシク

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    抄録

     朝鮮半島は不可逆的に核の時代に滑り込んでいっている。朝鮮戦争以来、朝鮮民主主義人民共和国に対する米国の核の恫喝は一貫している。この状況での変数は、北朝鮮が自らの核兵器を求めるかどうかという点にあった。しかし、北朝鮮が2018年から19年にかけての協議の中で、さらに言えば、過去30年に及ぶ協議の中で至った結論は、「対話と協議には意味がない」ということだった。この関連で、北朝鮮は2019年夏以降根本的に変容したと認識しておくことがきわめて重要だ。この中心に座っているのは、北朝鮮が国家のプライドをかけて開発している核兵器である。金正恩体制は、核兵器によって国家安全保障を強化できるだけではなく、通常戦力の出費を削減し軍事経済から民生経済への移行を促すことによって経済開発にも資すると考えている。このプロセスは、2022年9月8日に最高人民会議で核政策に関する法律が採択されたことで、頂点を迎えた。金正恩は、この法律で核政策を定義したことで「核兵器国としての我が国の地位は揺るぎなきものになった」と述べた。端的に言えば、北朝鮮の核兵器はひとつの定数となったのである。このことは、朝鮮半島問題の解決にあたってあらたなアプローチを要することを意味する。とりわけ、朝鮮半島核問題への解決策としてほとんど顧みられてこなかった非核兵器地帯が、非核化の方法論として見直されるべきであろう。

  • 北東アジア非核兵器地帯:他の地域からの教訓

    エクゼキエル・ラコブスキー

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    抄録

     本稿は、私の著書『非核兵器地帯』を基にして、北東アジアにおける非核兵器地帯創設の条件を探るものである。とりわけ、核の脅威に対応する方法としての諸国の共通の安全保障概念が持つ価値や、地域経済協力、地域機構、民主主義、地域大国、不拡散推進の役割を評価する。加えて、他の地域からの教訓も検討する。北東アジアの現在の状況は非核地帯設置に親和的とは言えないが、北朝鮮核開発の終了や朝鮮半島の非核化に北東アジア諸国は努力すべきであるし、そしておそらく後の段階で非核兵器地帯を検討できるようになるかもしれない。

  • その他
  • 原子力開発と核不拡散条約を振り返る

    マイクル・シュナイダー、M・V・ラマナ

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    抄録

     本稿は、核不拡散条約が1970年に発効して以来、原子力開発がこの50年でいかに進展してきたかを検討するものである。世界全体で建設された原子炉数に関するデータを用いながら、本稿は、原子力が急速に伸びるという初期の夢は実現しなかったことを示す。また、核施設における保障措置、すなわち、核分裂性物質が核兵器用に転用されないようにする措置を概説し、転換可能な核物質量の急速な増大によってリスクが増していることに焦点を当てる。

  • 核の脅威とカナダの軍縮外交

    ポール・メイヤー

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    抄録

     過去10年間、軍縮NGO「核兵器禁止条約を求めるカナダの会」(CNWC)は、核軍縮の推進に寄与してきた個人に「特別賞」を授与してきた。サイモン・フレイザー大学の付属教授(国際学)で、カナダ・パグウォッシュ会議の代表でもあるポール・メイヤー元カナダ軍縮大使が2022年の受賞者となった。メイヤーは2022年11月28日、オタワ大学国際政策研究センターにて受賞講演を行った。講演は、現在の核の脅威を論じるもので、核軍備管理・軍縮分野における現在の取り組みを紹介し、カナダ政府がその軍縮目標達成のためになしうる5つのアクションについて提起した。

  • 市民外交を再興する長崎

    ショーナ=ケイ・リチャーズ

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    抄録

     75年にわたって被爆者は、人類を核による絶滅の危機から救う強固な役割を保ってきた。その声と行動を通じて、長崎の人々は市民外交の強力さを示してきた。ナガサキの声は至るところで聞かれる――「長崎を最後の被爆地に」という強い呼びかけが。最も重要なことは、被爆者の証言によって、2017年に核兵器禁止条約がもたらされたということだ。しかし、条約成立にもかかわらず、非核世界という目標はこれまでよりも遠く、核の主権が立ちはだかる。今日の世界では、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、核兵器使用のリスクが高まっている。この危機と好機の時代にあって我々は何をなすべきか? 長崎大学核兵器廃絶研究センターと核兵器廃絶長崎連絡協議会創設10周年を記念する2022年10月29日のイベントで筆者は特別講演を行った。その目的は、非核兵器世界に向けた道筋における現在の困難について検討し、被爆地長崎がこの目標への前進において果たすべき役割について評価することにあった。同講演を基礎とした本稿は、市民外交の再興を通じて長崎が果たし続けるであろう重要な役割を再確認する。また、核兵器禁止条約の交渉から得られた教訓と、長崎が市民外交を強化・拡張するうえで条約の採択がもたらした好機についても着目する。

  • 書評
  • レベッカ・デイビス・ギボンズ著『覇権国の道具:米国のリーダーシップと核不拡散体制の政治学』

    スティーブン・ヘルツォグ

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