長崎大学附属図書館TOP資料をさがす長崎大学電子化コレクション古写真仮想展示会洋風化・近代化> 江戸から東京へ:明冶政府の意気込みと洋風化の波

洋風化・近代化

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帝国ホテル


 積極的な欧化政策をとった外務大臣井上馨の勧めにより、渋沢栄一、大倉喜八郎、益田孝等財界人によって計画された本格的なホテルである。
 築地ホテル館は明治5年(1872年)の銀座大火によって焼失し、外国人の宿泊できるホテルが東京には少なかった。
 当初、設計はドイツ人メンツとチーゼだったが、渡辺譲が再設計、竣工は明治23年(1890年)11月であった。
構造は木骨煉瓦造り、3階建て、客室70、食堂、喫茶室、舞踏室、談話室、奏楽室などが設けられていた。
 写真は有楽町側から壕越しにホテル正面を撮影したものである。


21.1×26.9 cm

(42-41)