黒澤満(RECNA顧問)・吉田文彦(本誌編集長、RECNAセンター長)
抄録
『平和と核軍縮』誌の本別冊(第9巻別冊)は、地政学的な変革が激しいこの時代における国際的な核軍縮・不拡散体制を再検討するものである。冷戦期およびその直後には、核不拡散条約(NPT)や米露間の軍備管理を基盤として著しい進展があったが、ここ数十年間は、対立の激化、軍縮の停滞、法的枠組みの弱体化に伴い、これらの枠組みが徐々に侵食されてきた。こうした背景のもと、本別冊では、NPTの持続的な意義と構造的な限界に加え、新たな規範的ダイナミクスをもたらす一方で国家間の分断を深化させてもいる核兵器禁止条約(TPNW)の変容する役割についても検証する。本別冊に収められた各論文は、法と権力の間の緊張、NPT再検討プロセスの展望と制約、軍備管理の根本的に政治的な性質といった主要なテーマを取り上げている。また本別冊では、核兵器のグローバル・ゼロ体制における検証、執行、制度設計の分野で浮上している課題についても探求している。核廃絶達成に不可欠な要素として人間の尊厳と倫理的原則を再確認しつつ、適応的なガバナンスや持続的な政治的コミットメント、国家・人間・生態系の各側面を統合した安全保障の再構成の必要性を強調している。
黒澤満(RECNA顧問)
抄録
本稿の目的は、過去80年間にわたり、核軍縮に関する国際法がどのように発展し、どのような効果をもたらしてきたかを明らかにすることである。さらに、権力支配の手段としての核兵器と、法の支配の手段としての核軍縮に関する国際法との相互関係を考察する。核不拡散条約、米国とソ連/ロシア間の戦略核戦力に関する二国間条約、核兵器禁止条約、その他の条約について、綿密な分析と評価を行う。また、核軍縮に関する国際法の台頭・進展・後退についても分析する。最後に、本稿は、核軍縮に関する国際法を強化するためには、国際システムを「力の支配」から「法の支配」へと転換することが必要であると論じている。
アダム・シャインマン
抄録
1970年に発効した核不拡散条約(NPT)は、その長い歴史を通じて驚くべき強靭さを示してきた。これは、核兵器のさらなる拡散が核戦争や世界的な不安定化のリスクを高めるという、各国間の広範な合意を反映している。今日、世界的な安全保障環境の急速な変化、核軍備管理の逆行、欧州や中東における継続的な紛争、そして過去2回の再検討会議で最終文書に関する合意形成に相次いで失敗したことにより、同条約に対する圧力は高まっている。これらの圧力に加え、1995年のNPT無期限延長は、軍縮や中東の大量破壊兵器禁止地帯に向けた進展に対する非現実的な期待を生み出し、これらが条約の内部政治プロセスを混乱させている。こうした状況を踏まえると、2026年の再検討会議で合意に達する見通しは暗い。過去の再検討会議と同様、締約国は、軍縮・不拡散・原子力平和利用といった幅広い課題において、合意の基盤を固め、実質的な相違点を調整するために最善の努力を払うものと予想される。見通しは厳しいものの、条約の主要国による介入があれば、締約国が、2026年の会議が、少なくとも、今日の世界的な混乱の中で条約を安定させ、核の自制に関する国際的な規範を再確認する場となるように導ける可能性はある。
吉田文彦(RECNAセンター長)、西山心(RECNA客員研究員)
抄録
カーネギー国際平和財団の「核兵器のない世界に向けたジャパン・チェア」および核政策プログラムの上級研究員であるジョージ・パーコビッチ博士は、長年にわたり核問題に取り組んできており、現在は21世紀における核シグナリングに関する研究を主導している。本インタビューでは、地政学的な不確実性が高まる中、核軍備管理の将来と世界的な核秩序が直面する課題について、パーコビッチ博士の見解を探る。パーコビッチ氏は、軍備管理は歴史的に、核攻撃を成功させる能力を持つ兵器において、いかなる側も攻撃あるいは防御の面での優位性を追求しないことを敵対国に保証することで、競争を安定させるために設計されたものであると強調する。同氏は、米国国内では正式な条約には構造的な制約があるものの、指導者間での高レベルの政治的合意こそが、軍備管理のためのより実現可能な道筋となり得ると示唆している。また、パーコビッチ氏は、米国の同盟国による核保有に対して、核拡散の結果を過小評価しているとして警鐘を鳴らしている。同氏は、核不拡散条約(NPT)が世代を超えた課題に直面していることを強調し、国際的な核秩序を維持するために、新たな政治的リーダーシップと対話が必要であると訴えている。2026年2月19日にオンラインで行われたこのインタビューの後、イランに対する米・イスラエルによる攻撃が核秩序に及ぼす影響に関する同氏の解説も併せて刊行された。
河合公明(RECNA教授)
抄録
アレクサンダー・クメント大使は、核兵器が人間に与える影響に焦点を当て、軍縮・不拡散に関する外交活動を主導してきた。人道的イニシアチブおよび核兵器禁止条約(TPNW)の主要な立役者の一人であり、2022年にはTPNW第1回締約国会議の議長を務めた。本インタビューでは、核不拡散条約(NPT)の政治的結束を弱める大国間コンセンサスの崩壊という状況下で、核兵器廃絶に向けた国際的な取り組みを同大使がどのように評価しているかを検証する。クメント大使は、核拡散を抑制する上でNPTが果たした役割を認めつつも、軍縮に関する進展が限定的である点を批判的に評価している。対照的に、TPNWについては、核兵器が人間や環境にもたらす壊滅的な影響や核リスクの複雑性に関する科学的証拠に基づいたものであるとしている。こうした証拠は、実行可能な安全保障のパラダイムとしての核抑止論に異議を唱えるものである。核保有国が参加しないままに核兵器を禁止しても意味はないとする懐疑論に対し、クメント大使は、法的規範の構築が非核兵器国に力を与え、政治的意志を形成し得ると主張する。大使は、NPTを補完する存在であるTPNWが、影響を受ける地域社会への配慮を伴いながら、停滞した核体制に新風を吹き込むことができると見ている。本インタビューは、核兵器のない世界に向けた対話を通じて規範的合意を具体的な行動へと転換する必要性を強調している。インタビューは2025年8月7日に長崎で行われ、本誌のために編集された。
マニュエル・ヘレーラ
抄録
本稿は、リベラル制度主義および国際レジーム論に対する批判的アプローチを通じて、核不拡散条約(NPT)の持続性と脆弱性を検証する。NPTは核拡散を効果的に抑制してきたものの、その正当性や実施に対する疑念が増しており、長期的な持続可能性を脅かしている。本分析では、7つの構造的課題を浮き彫りにしている。すなわち、①軍縮アジェンダの停滞、②検証メカニズムの弱体化、③平和利用の柱の不十分な発展、④NPT再検討プロセスにおける意思決定の力学と制度的麻痺、⑤根強い正当性の欠如、⑥多極化の動向、⑦とりわけ核兵器禁止条約を背景とした規範的断片化、である。これらの観察に基づき、今後10年および20年を見据えたシナリオに基づく予測を本稿では提示する。そのありうる範囲は、既存の枠組み内での漸進的な改革から、より深刻な分断、新たな拡散圧力、さらには多極的な核秩序の定着に至るまで多岐にわたる。結論として、NPTの存続は、核兵器国と非核兵器国との間の互恵関係の回復、正当性に関する懸念への対処、国際システムの新たな構造的現実に合わせて制度設計を適応させることにかかっていることが、示唆される。
アンドレアス・パースボ、セニーア・ピルナブスカイア
抄録
核不拡散条約(NPT)の下での核軍縮が進展しないことへの不満が、核兵器禁止条約(TPNW)の制定につながった。一方で、TPNWが核保有国と非核保有国の間の対立や分断を助長しているとの批判もある。核廃絶を実現するためには、核不拡散を実現しなくてはならない。独自の保障措置体制を持たないTPNWの登場は、NPTに基づく国際的な核不拡散体制のあり方を問うものとなっている。本稿では、TPNWの存在を踏まえつつ、現在および近い将来におけるNPTに基づく国際的な核不拡散体制のあり方について論じる。
西田充(RECNA兼務教員)
抄録
核兵器のない世界を実現するには、今日の核不拡散体制から、持続可能な「核兵器ゼロ」体制への移行が必要である。本稿では、(i)法的枠組みの法的・制度的機能と、(ii)条約の設計を超えた協力的な地政学や紛争緩和などの実現条件とを区別しつつ、核兵器禁止条約(TPNW)が、将来の持続可能な世界的な核兵器ゼロ体制に必要な法的・制度的機能をどの程度提供しているか、あるいは提供できるよう発展し得るかを批判的に評価するとともに、今後取り組むべき課題を建設的に提示する。本稿は、TPNWが核兵器の非正当化と包括的禁止を強力に法文化している一方で、法的・制度的設計上の重大な欠陥が依然として存在していることを明らかにする。法的側面から見れば、同条約は核分裂性物質の生産を禁止しておらず、運搬手段について取り扱わず、平和的核活動に対する不可侵の権利を留保なく確認している。制度面では、検証規定が(核保有国・非核保有国双方において)不十分であり、執行体制が整備されていない。また、脱退規定は過度に寛容であり、特定のシナリオ下では不安定化要因となり得る。本稿は、規範的な運動と必要とされる法的・制度的機能との間のギャップを埋めるべく、条約の運用と改革に向けた課題を提示する。
樋川和子(RECNA教授)
抄録
核廃絶を実現するためには、核保有国の数を制限する国際的な核不拡散体制から、核保有国の再出現を防ぐグローバル・ゼロ体制への転換が必要となる。いかなる国も核兵器を保有しない世界において、核兵器開発の再出現を防ぐためには、どのような体制が必要なのか? それは、第二次世界大戦終結以来、世界的に追求されてきた管理体制なのだろうか。本稿は、核兵器のない時代における「グローバル・ゼロ体制」の望ましい形態について考察する。国際社会による核エネルギー管理の歴史を振り返りつつ、予防のために統制に依存する外発的インセンティブに基づく他律的な体制よりも、国家が自発的に核兵器を不要とみなす内発的インセンティブに基づく自律的な体制を構築することが、より重要であると論じる。また、この自律的なシステムを実現するためには、一般的あるいは普遍的な措置ではなく、文化や慣習に根ざした地域的・局所的な措置を講じる必要性を強調する。本稿の主たる目的は、核兵器廃絶後の世界に必要となるシステムについて考察し、核廃絶を達成するために必要な行動に関する示唆を提供することにある。
ダン・スミス
抄録
核軍備管理の崩壊、世界秩序の危機、そして生態系の崩壊という背景を踏まえ、本論考は、核兵器の廃絶を実現し、それを維持しうる新たな世界秩序の重要な側面について論じる。人間活動が自然界を形作る最も決定的な力となっている「人新世」において、そのような新たな世界秩序は、その目的に適したものでなければならないと論じている。この主張を説明するため、本論は、安全保障、軍備管理、現行の世界秩序の崩壊、そして生態系危機に関する諸概念を探求し、それらを政治哲学の基礎原理と結びつける。本論は、国際関係は自然と協力という観点から概念化されなければならないと提言する。生態学的危機や、存在そのものを脅かす技術的進歩に直面する現代において、権力の競争的獲得に依拠させた国家政策は、時代遅れであるばかりか逆効果である。それは、世界共通の利益と各国の国民の利益の両方を損なう。本論は、この立場が古典的自由主義の直系に連なるものであると結論づける。そして、合意形成に向けた多角的なアプローチこそが、新たな世界秩序への移行において最も実りある道である可能性を示唆している。