日本の医学に貢献したオランダ人教師たち


アントニウス・ボードイン

 アントニウス・ボードイン Anthonius Franciscus Bauduin (在日期間1862-1866,1867,1869-1870) はユトレヒト陸軍軍医学校で教官としてポンペを教えている。出島に在住していた弟のオランダ貿易会社駐日筆頭代理人アルベルト・ボードインの薦めにより、ポンペの後任として1862年に養生所教頭となった。生理学教科書をドンデルスとともに著し、外科手術学の教科書や検眼鏡の使用法を蘭訳本にしていて医学全般を教授できた。長崎大学医学部にはボードインの生理学、眼科、内科の講義録が残されている。どれもボードインの講義と治療が名声を博したの当然と思わせる素晴らしい内容である。

 ボードインは物理学、化学等の基礎科学を充実させる為に養生所(後に精得館と改名)に分析窮理所を建設し、その教師としてハラタマの招聘に成功した。ボードインは1866年11月離任帰国する直前にハラタマと共に江戸に赴き医学校と理学校を建設する提言を幕府に行った。幕府はハラタマを江戸開成所に招聘したがその計画は1867年の大政奉還で水泡に帰した。ボードインは1867年2月再度来日して教え子緒方惟準(洪庵次男)と松本鑑太郎(良順の息)を伴って帰国した。もう一度渡来したのは夢の実現の為であった。1868年に発足した明治政府はボードインとハラタマを大阪に招聘し医学校と理学校を建設しようとした。同年ハラタマは大阪舎密局の建設に着手した。ハラタマが診療していた大福寺の仮病院にボードインが遅れて1869年3月に着任した。1869年4月オランダから帰朝した緒方惟準を院長として正式に大阪府仮病院(大阪大学医学部の前身)が発足し、医学校教頭ボードインの講義が始まった。1870年帰国前にボードインは東京大学医学部の前身である大学東校でも2ヶ月間講義した。ボードインの長崎、大阪と東京での講義録は日本全国に流布されその令名は鳴り響いた。

▲原生学
(長崎大学附属図書館医学分館所蔵)

▲勃氏眼科新論
(長崎大学附属図書館医学分館所蔵)

 『原生学』ボードインの生理学講義録3巻である。冒頭に原生学 和蘭第一等医官 抱道英先生 口授とある。健康管理ともあり、内容は消化吸収と循環である。

 『勃氏眼科新論』ボードインの眼科学講義録4冊である。冒頭に和蘭陸軍第一等医勃兌英先生 口授とある。眼科の解剖、試験法、治療と手術について詳細に書かれている。

2008年10月より, ボードインに関係する資料13点「ボードイン講義録」と、彼の収集した古写真コレクション「ボードインコレクション」を電子化して公開しています。
ハラタマ

 ハラタマ Koenraad Wolter Gratama (在日期間1866-1871) はユトレヒト陸軍軍医学校の卒業生であり、ユトレヒト大学で自然科学を学びながら母校で理化学教師をしていた。1866年4月ボードインに招かれて精得館分析窮理所の教師として来任した。精得館の自然科学教育と病院の調剤を担当した。幕府はボードインの要請を受けて理化学校建設を計画した。その建設予定地は江戸の開成所であり、ハラタマは1867年開成所で物理学化学を教えた。同年11月大政は奉還され、幕府崩壊とともに開成所での理化学校の建設も立消えとなった。1868年明治政府はボードインとハラタマを大阪に招聘し医学校と理学校を建設しようとした。同年ハラタマは大阪舎密局の建設に着手した。ハラタマが診療していた大福寺の大阪仮病院にボードインが遅れて着任した。同年6月舎密局が開校しハラタマはその教頭となった。近代日本化学の父ともいうべき人である。

マンスフェルト

 マンスフェルト C. G. van Mansvelt (在日期間1866-1879) は1866年7月、ボードインの後任として精得館に赴任した。1868年頭取長与専斎と謀り、自然科学を教える予科と医学を教える本科に区分する学制改革を行い長崎医学校を発足させ、厳格で精密な医学教育を行った。1871年吉雄圭斎と共に熊本医学校の創設に関与した。後彼は京都の療病院の教師、大阪病院の教師を経て帰国した。

 ポンペとその後継者達はユトレヒト陸軍軍医学校の関係者である。日本は武家の統治する封建社会であったから外国からの指導者も武士であることを望んだのであろう。当時オランダの大学医学部は実践的ではなく学問としての医学を教授していたが、陸軍軍医学校のカリキュラムは近代的であり、臨床重視のものであった。

 『満氏解剖書』マンスフェルトの解剖講義録。別名解剖新書。組織学も含んだ系統的な解剖学である。さらに局所解剖学、外科解剖学、系統記載解剖学にも及んでいる。

▲満氏解剖書
(長崎大学附属図書館医学分館所蔵)

▲マンスフェルト肖像
(長崎大学附属図書館医学分館所蔵)

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